見どころ

テレポート地点のすぐ正面、兼六園の入り口となっています。



13代藩主斉泰が金沢城の二の丸に噴水を上げるため、試作したものといわれています。 現存する日本最古の噴水で、上方にある霞が池から管を引いてあり、自然の水圧によって 噴出しています。日本庭園において噴水があるのは極めて稀な存在です。





慶長6年(1601)、2代将軍となった徳川秀忠の娘・珠姫 (たまひめ)が輿入れした際、 江戸から付いてきた300人のお供のために、長屋「江戸町」がつくられましたのがこの場所になります。 珠姫が没したあと、江戸町の住人たちは江戸に帰り、長屋はまもな く取り壊されましたが、 現在では土産物屋や休憩の甘味処などが軒を連ねています。



セカンドライフだけのスポットとして、記念撮影用の台を設置しました。
お城をバックに写真撮影はいかがでしょうか。



琴の糸を支える琴柱に似ていることから徽軫(ことじ)灯篭の名がつきました。 虹橋は別名琴橋とも呼ばれ、琴の形のように緩やかな曲線の弧を描いています。 橋のすぐ上流の流れを事の糸に見立てて、この辺りの景観は琴にちなんで形づくられた事が推測されます。 傍らの紅葉の古木と手前の虹橋が一体となった眺めは兼六園を代表する景観で、 記念撮影の定番スポットとなっています。





13代藩主斉泰が松の名勝地である琵琶湖から種子を取り寄せて育てられた黒松です。 地面を這うように広がる見事な枝振りをしています。 冬期の雪吊の円錐形に施された様子は園内を代表する景観の一つになっています。





兼六園の中心部にある大きな池。周囲に名勝が配置され、回遊しながら景色を楽しんでいただけます。 ほぼ中央に浮かぶ蓬莱島は、古来中国の思想で海の彼方に神仙人が住む理想郷の島があるという伝説が元に, 霞が池を海に見立てて神仙島になぞらえたものと言われています。また、別名亀甲島とも言われ、 北側の岩を頭、その反対側に建つ石塔を尾として亀を現してもいるそうです。 この島が中景となり、近景、遠景と併せた配置は、奥行きと広がりを持つよう駆使されています。





霞が池に浮かぶ茶屋。夕顔亭、時雨亭、舟之御亭とならぶ蓮池庭四亭の一つ。元は石川門前から蓮池門にかけてあった調教用の馬場の、 その中ほどに建てられた馬見所が、この内橋亭でした。霞が池に移されたのは明治に入ってからになります。





13代藩主斉泰が霞が池を掘った際に出た土を盛り上げて築いた山。 螺旋状に頂上に続く道が巻貝に似ていることからこの名になりました。 しかし実際の栄螺(さざえ)は右巻きで、栄螺山は逆ということです。 頂上には、傘に似た形の避雨亭と12代藩主前田斉広を供養するために建てられた、 石塔、三重の宝塔があります。園内を見渡せる絶好のビューポイントです。





国の重要文化財である石川門は、別名白門とも言われ、 瓦は鉛葺きで、有事の時には溶かして鉄砲弾にする為とも、積雪に耐えるため軽い素材を採用した為ともいわれています。 分厚い城壁と、海廟壁の裏には鉄砲狭間が仕掛けられ、唐破風の側面と下は開閉でき、側面は左右の敵を攻撃、 下は石垣を上ってくる敵に向けて石を落とせる造りになっています。 現在は、天守も失われ、石川門などの一部を残すのみですが、現在、県が進める金沢城整備事業によって、 復元工事が行われています。消失している天守の設計図も完成までには発見されるでしょうか。 春には桜に彩られ、花見客で賑わいます。